300年以上前の日本に三毛猫の毛色に注目した人がいた?
ここ数年、猫ブームと言われています。確かに来院される猫の数は増えた気がします。当院のカルテには、犬でも猫でも必ず毛色を記載するようにしています。名前を呼んで返事してくれるわけではないので、個体ごとにきちんと見分けがつかないといけません。黒猫や白猫を複数飼われている場合には、見分けるために飼い主さんに判別をお願いすることもあります。こういった毛色の記載を始めたのには理由があります。当院に来ている「みーちゃん(仮名)」という猫がいたのですが、どうも20歳を優に超えているのに若々しかったのです。実は2代目みーちゃんに代替わりしていたことが判明しました。自己申告が無いと、猫は滅多に病院に来ない子もいますのでわかりません。このようなことから、2代目みーちゃんを見逃す確率を減らすため、毛色の記載を始めました。 しかし、猫の毛の色というのは複雑です。「茶トラ」「茶白」「黒」「白」「白黒」「三毛」と、なんとなくわかりそうな色もあれば、「クラシックタビー」「サビ」「シールポイント」といった猫初心者にとっては名前からはイメージがつかめないような毛色もあります。これらの毛の色はどのようにしてできているのか? 実は、きちんとルールがあって説明ができます。私自身、犬の毛色はどのようにできているのか? について研究をしていました。毛色の研究を進めれば進めるほど面白くなって、町中で歩いている犬を見たら、どのような遺伝子のパターンを持つかだいたい想像できるようになりました。また、特に研究をやってきたミニチュアダックスフンドの毛色においては、2頭並んで散歩させていると、この2頭を交配すれば、子供にはどのような毛色が生まれる可能性があるかを頭の中で考えることができるようになりました。そのうちに、犬の毛色の希釈遺伝子が網膜の色にも影響を与えるという発見をし、その論文が犬の遺伝子のデータベースに登録されたりもしました。これだけ研究しても、日常診療に役に立つことは皆無です。完全な趣味です。そのような研究をやっているうちに、さみしくなり、同じように考える人がいないのかを探してみることにしました。そうすると、見つかりました。300年以上前に毛の色に注目した人がいました。1775年に大阪で『養鼠玉のかけはし』(ようそたまのかけはし)という本が出版されていました。これは鼠(ねずみ)の飼育の日本での最初の書物であり、この中にさまざまな毛色が紹介されています。その後、鼠の毛色を河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)という狩野派の絵師が克明に描き、その絵はアメリカを代表するスミソニアン博物館に収められています。そして、そこに記されている情報は、正確であり遺伝子の解明が進んだ今では、どのような遺伝子が影響を与えたかについてもきちんと説明することができます。これは、どのような動物でもそうで、昆虫の色についてまで解明が進んできています。たとえば、なぜ熱帯魚が、あんな鮮やかな色をしているのかについても説明ができます。世の中にはいろんなことを研究している人がいますね。私も、このような研究が楽しいですし、昔からこのようなことに注目した仲間がいることに喜びを感じました。そして私の趣味の勉強はさらに暴走し、人間のお医者さんたちで作る「色素細胞学会」に参加しています。参加してわかったことですが、本当に奥が深くまだまだわからない部分も多いということです。例えば、犬や猫の毛の色がどのようにしてできるのかについては、きちんと説明はできますけど、「その毛の色がどの程度の広がりを見せるのか?」については、一定のルールがありません。具体的に言うと茶白の毛色の猫の白い部分や茶色の毛色の面積は、3匹いれば3匹とも異なります。これは遺伝子による完全なコントロールが完全に行き渡っているわけではないということです。では、少しずつ猫の毛色の話を進めていきます。三毛猫の毛色のパターン
猫の毛の色に関係する遺伝子の中には、最初に優先されるW遺伝子と呼ばれる遺伝子があります。この遺伝子が出てくると毛が真っ白になります。遺伝子というのは両親から一つずつ子供に伝えられ、それが対になる形になっていますので、「WW」や「Ww」という形をとると真っ白です。そのため、まずはこの遺伝子の働きが無い形である「ww」であることが必須です。その上で、三毛猫の毛色のパターンについて紹介します。三毛猫の「白」
三毛猫は、白、茶系(オレンジ系)、黒系の3色が基本となります。白い部分が現れるのは、S遺伝子が関与しています。前述した通り、遺伝子というのは両親から一つずつ子供に伝えられ、それが対になっています。優性(顕性)の方を大文字のSとし、劣性(潜性)を小文字のsで表現しています。このS遺伝子はSを不完全な形ではありますが(※)、優性(顕性)として毛色に影響を与えます。このS遺伝子を「SS」か「Ss」で持つと、優性であるS遺伝子の特徴が発揮されます。※編集注:両親から異なる遺伝子が与えられた場合、子の遺伝子に優性の形質が発現します(優性遺伝)。しかし優劣が明瞭で無い場合があり、それを不完全優性と呼びます。例として、赤い花と白い花が交配したとき、赤と白の花だけでなく、ピンクの花が生まれることがあります。S遺伝子の特徴が出てくると、猫の毛の色に白い部分が混じります。このS遺伝子については、「SS」による白い毛の部分は、「Ss」による白い毛色の部分よりも広くなります。非常に曖昧な表現ですけど、このことでS遺伝子が不完全優性遺伝だと言われることにつながっているのです。さて、まずは白の部分についての解説終了です。三毛猫の「黒」
次は黒の毛色についてです。黒の毛色に関与するのはA遺伝子です。この遺伝子は、W遺伝子やこの後で出てくるO遺伝子よりも優先順位が低いです。でも、説明的にはO遺伝子はややこしいので最後に解説します。A遺伝子は「Aa」や「AA」といった形で発現すると一本の毛がアグーチパターンと呼ばれる黒と茶色の毛になります。したがって、このA遺伝子が「aa」という形をとらないと毛が一本の黒にはなりません。きれいに三色が見極められる三毛では、この遺伝子の型が「aa」という形が多いです。黒に見える毛を抜いてよく見ると先や根元が黒く中間部分で茶色っぽくなっているものは、「Aa」や「AA」という形です。興味深いことに、Aという優性が加わると、一本の毛で見られる黒と茶色が薄められて、茶色とクリーム色っぽい毛になります。したがって、同じ三毛でも少し茶色の部分が薄い場合にはこの遺伝子が関与していると考えられています。イメージとしては、紅茶にミルクを入れた感じです。ミルクティー色と呼んでもいいんじゃないかと思います。三毛猫の「茶」
最後に、一番ややこしい茶色(オレンジ)の毛の色です。茶色の毛は、O遺伝子により作られます。この遺伝子が特殊で、性染色体のX染色体の上に乗っかっている遺伝情報です。猫において三毛の毛色になるためにはこのX染色体上の情報が生かされます。「OO」という形であれば、毛の色はオレンジです。メスという性別を決める染色体は「XX」なので、「OO」「Oo」「oo」の3パターンの可能性があり、メス猫であれば「OO」ではオレンジ、「Oo」という形をとればオレンジの部分と黒の部分が生じます。「oo」では黒だけになります。ですから、「Oo」にS遺伝子の白が加われば、メスの三毛猫の完成です。ここまででメスの話は終了。オスは「XY」という染色体を持たないといけません。それなら「O」か「o」しかないので、オレンジが発現せずオスの三毛猫は生まれないはずです。でも、オスの三毛猫はいます。例えば、三毛猫のオスは航海の安全の守り神のように扱われており、南極観測隊に帯同したことがあります。その猫は「タケシ」と名付けられました。途中で通信機の配線で感電して死にかけましたが、一命を取り留めました。南極観測船「宗谷」はケープタウンまでで行き、そこから隊員と一緒に飛行機で帰国しています(この時に有名なタロとジロの物語がありました)。ではなぜ、三毛猫のオスが生まれるのか? その謎に迫ります。 三毛猫のオスが生まれる理由
三毛の毛色のオスは、遺伝子の異常で性別を決める染色体を「XY」ではなく「XXY」という形で持っています。つまりO遺伝子に「OO」「Oo」「oo」の3パターンの可能性が生まれます。ここで重要なのが、X染色体を2本持ってしまった時にX染色体の「不活性化」が起こるという点です。Y染色体が持つ遺伝子の数は、X染色体に比べて10%以下です。X染色体の方が遺伝情報が多く、「XX」となるメスでは過剰な量の遺伝子の発現を避けるため、いずれかのX染色体の遺伝情報が不活性化(その情報を使わない)されて伝えられます。遺伝情報の量の違いをうまくコントロールしているのです。このX染色体の不活性化は、マウスや人では無作為に決まるようです。カンガルーなどの有袋類では、父由来のX染色体が不活性化されます。このメカニズムについては、いまだに完全に解明されていません(なぜ、このような話が出るかについては、後ほどわかります)。一方で、オスでは1本しかX染色体がありませんから、ここに存在している「生きていく上で必要な情報」を省略できないので、そのまま使っています。染色体も一対でやっていきたいのに、ちょっと数が多すぎるという場合には一つを選択するように働きます。なぜ、このような機能が備わったかはわかりません。でもオスでありながら「XXY」という遺伝子を持つことで、メスと同じ「Oo」という形をとって奇跡的に三毛の毛色のオスができました。X染色体上のO遺伝子に関しての情報が切断され、Y染色体に乗り移るようにすることでもオスの三毛猫が生まれますが、どの程度の頻度でこのようなことが起きるのかについては私は知りません。ちなみに人でも「XXY」や、場合によっては「XXXY」というケースも確認されているようです。いずれも性別はオスのままです。では、三毛猫のオスを使えば、三毛猫のオスが生まれるのでしょうか? 三毛猫のオスから三毛猫は生まれる?
三毛猫のオスを使っても三毛猫が生まれるとは限りません。三毛猫のオスを交配に使うとこうなるかもしれないという話をする前に、人間の男性でも同じようなX染色体の不活性化が起こることが確認されており、研究もされています。X染色体性の不活性化が起こっている男性は「クラインフェルター症候群」と呼ばれており、その多くが不妊傾向にあります。不妊傾向という書き方をしたのは、精子量が非常に少ないものの今の技術なら人工授精が可能となり、完全に不妊ではないからです。しかし、ここで興味深いのが人工授精に用いる正常な精子のほとんどが(遺伝子の異常を受け継がずに)正常な染色体領域を持っているということです。このあたりが遺伝子の不思議なところです。では三毛猫のオスでは、精子はどうなっているのでしょうか? このあたりについては、まだまだ研究の余地がありそうです。生殖能力のある三毛猫のオスも少ないながら存在しますが、三毛の模様はランダムに決まります。三毛猫でクローンを作っても同じような模様にはならないと考えられているほどです。さらに、染色体異常のあるマウスを用いてiPS細胞を作成すると、一定確率で正常な染色体を持つ細胞に分化するという研究成果もあります。また、その細胞を精巣に入れると正常な精巣に成長し、健康な子を産んだとも報告されています。それがどうしてなのかはわかっていません。まだまだわからないことが多いのですが、オスの三毛猫を使ってもそのままオスの三毛猫が生まれるかというと、可能性は限りなく低いと言わざるを得ません。クローン技術を使っても、生まれるオスは「XY」の染色体です。奇跡的な確率で「XXY」にならない限り三毛猫のオスは生まれません。もしかして、このX染色体の不活性化や「XXY」になるメカニズムがわかるようになれば、オスの三毛猫は作り出せるようになるかもしれません。しかし、気軽な気持ちや興味本位で健康上リスクのある個体を作るのは、許されることではないと思います。 三毛猫のオスから始まる遺伝学
今回は、三毛猫と言う部分から遺伝子の話をさせていただきました。奥が非常に深いのが遺伝学で、高校時代に生物もやっていなかった私にとっては、独学で研究をしてきましたが、日々発見です。そして興味深く面白いです。今回は、まだまだ解明できていないことが多いということや生命の不思議について知っていただけたらと、いう思いで書きました。日常生活では、どこでも話すこともないし、知っていたからと言って自慢できるものでもありませんが、街中で猫を見たときにこの話を思い出してその毛の色を眺めてもらえたらと思います。
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